中期経営計画「DANTOTSU Value – Together, to “The Next” for sustainable growth」の2年目となる2023年度は、北米やオセアニアを中心に鉱山機械需要が高水準で推移するとともに、円安のプラス効果もあり、2年連続で過去最高売上高・営業利益を更新しました(図1)。また、インフレや資材価格上昇によるコスト増加を販売価格の改善で吸収し(図2)、営業利益率も2007年度の14.8%を16年ぶりに更新し、過去最高の15.7%となりました。
(1)販売価格の改善
2024年度は、為替は1ドル140円を前提とし、金利の高止まりや景気減速による建設・鉱山機械需要の減少が見込まれることから、減収減益の見通しです。しかし、販売価格の改善はここ2年間と同レベルの1,000億円規模を実施する方針です。2023年度からは地域責任者が出席する会議において、「所在地別・仕向地別連結損益」の公開を開始し、各地域の連結損益が同条件下で比較可能になったことで、販売価格改善のインセンティブが一層働くようになりました。2024年度からはグループ会社トップの報酬を各地域連結業績と連動させることで販売価格の改善を更に徹底していきます。
販売価格と原価・固定費増減の推移を2021年度から比較すると(図3)、2023年度の第4四半期に初めて販売価格の増加分が原価・固定費の増加分を累積で上回ることができました。2024年度は更に販売価格の改善を収益につなげていきます。
(2)固定費のコントロール
一方、固定費に目を移すと、コマツは「成長とコストの分離」を基本方針としており、実際、2017年度から2021年度の5年間は、さまざまな事業環境の変化、売上げの増減があったにもかかわらず、構造改革・効率化により固定費を横ばいレベルにコントロールしてきました。しかし、2021年度後半から、世界的なインフレを背景とした人件費上昇や経費増加が急速に進行し、加えてカーボンニュートラルを視野に入れた将来の成長のための戦略投資を加速させたことにより、固定費が増加しました(図4)。
コマツでは、PBR(Price book-value ratio:株価純資産倍率)をPER(Price earnings ratio:株価収益率)とROE(Return on equity:自己資本利益率)に分解したうえで、さらに、PERの構成要素である①資本コストと②キャッシュ・フロー期待成長率、ROEの構成要素である③純利益率、④総資産回転率、⑤財務レバレッジまでブレイクダウンし、それぞれの項目について競合他社と比較してPBR向上のために実施すべき対策を議論し実行しています(図5)。①〜⑤の各項目において、コマツでの企業価値向上に向けた取り組みを説明します。
この「キャッシュ・フロー期待成長率」の項目が競合他社に対して最も劣位にあると社内では分析しています。コマツでは成長を加速するため、研究開発投資・設備投資・M&Aなどの成長分野に重点的に経営資源を配分しています。
キャッシュアロケーションの考え方としては、従来からのポリシーに基づき、(1)設備投資(成長戦略)、(2)株主還元、(3)バランスシート改善(将来のM&Aへの備え)という3つの資金使途に配分します(図8)。安定的な株主還元を継続していくためには成長投資が最も重要だと考えており、営業キャッシュ・フローの約50%を設備投資に充当するとともに、常に将来のM&Aに備えておく方針です。
M&Aの実績では、2023年度はカーボンニュートラル実現に向けた電動化事業を加速するため、バッテリーメーカーであるAmerican Battery Solutions社(ABS社、アメリカ)、中小規模鉱山現場での安全性と生産性の向上を実現するため、建設・鉱山機械運行管理システムのプロバイダーiVolve社(オーストラリア)の買収を実施しました。コマツでは、M&Aを当社の事業ポートフォリオの将来像を実現するための重要な手段の一つと位置付け、今後も積極的に活用していきます(図9)。なお、買収後は、被買収会社のROIとWACC(加重平均資本コスト)との比較および連結業績へのシナジー効果を確認し、企業価値向上への貢献度を定期的にモニタリングしています。
コマツは、2030年CO2排出量半減(2010年比)、2050年カーボンニュートラル(チャレンジ目標)を経営目標として掲げています。その実現に向けて、研究開発面では既に実用化しているハイブリッド技術やディーゼルエレクトリック、有線電動、バッテリー電動に加え、燃料電池や水素エンジン、バイオディーゼルなど、将来に向けての開発投資が本格化しています(図10)。これらの重要投資案件については、通常の固定費管理を適用して圧縮すると将来の成長が大きく阻害されるリスクがあるため、中期経営計画案件として別管理し、予算を重点配分しています。
以上のようなコマツの成長戦略について、より丁寧に説明し、投資家の皆さまにご理解いただけるようIR活動を更に強化していきます。
損益管理においては、直接原価計算を採用しており、変動費・固定費項目の定義を明確化し、グループ全体に一貫して適用することにより各地の採算比較を可能としています。これは世界各地の生産拠点で同じ仕様・品質の製品を生産できる「グローバル・クロスソーシング」のベースとなっています。
コマツは、売上高の9割が海外市場であり、社員の7割が日本以外で働いています。また、海外現地法人トップも現地のナショナル社員が増加してきており、管理指標は、多様な国籍や経理職種以外の社員も直観的に理解できるよう、可能な限りシンプルなものにしています。例えば損益計算では、SVM : Standard variable margin(限界利益)やCC :Capacity cost(固定費)、CC人員(固定費としてみなされる人員)などを管理指標として定め、継続的な販売価格の改善、固定費管理や原価低減により、利益率を向上させていきます。
コマツは、2017年度からROIC(投下資本利益率)を導入し、運転資本を適正に管理するためROIC計算式の投下資本を、「運転資本+有形固定資産」に展開して実務に落とし込み、キャッシュ・コンバージョン・サイクルを定期的にモニタリングしてきました。しかしながら、ROICは収益のインパクトが非常に大きく、収益が改善すれば資産効率が悪化しても指標が改善するという点と、“比率”表示により事業部門が直接的に改善を感じられないという短所があり、改善に直結させることが難しい面もありました。
2023年度からは、連結ROICの更なる向上を目的とし、グループ各社の管理指標としてフリー・キャッシュ・フロー(以下、FCF)を導入しました。これは各グループ会社が、資産効率の良しあしを、率よりも金額の多寡で実感できるようにすることが目的です。
通常のキャッシュ・フロー計算書に工夫を加え、FCF創出の源泉を(1)利益、(2)運転資本、(3)固定資産(減価償却費 − 投資額)、(4)M&Aの4つに分解し、ダイレクトに改善すべき「要素」と「絶対額」を明確にして改善にフォーカスしながら将来キャッシュ・フローを最大化していく計画です(図11)。
バランスシート面では、現状のS&PおよびMoody’sのシングルA格の格付けを維持できるレベルに借入金残高を抑える方針です(図13)。2023年度は格付け機関R&Iの格付けがAA-(安定的)からAA(安定的)に向上しました。これは販売の地域分散が進んでいること、景気に左右されにくい部品・サービス事業から得られる収益が厚みを増していることが背景と考えています。
配当金については、連結業績に加え、将来の投資計画やキャッシュ・フローなどを総合的に勘案し、連結配当性向を40%以上として、引き続き安定的な配当の継続に努めていく方針です。自己株式取得はこれまで同様、上述した基準などを総合的に勘案し、機動的に実施していく考えです(図14)。
また、コマツではリテールファイナンス事業を建設・鉱山機械の重要な販売促進ツールとして位置付けています。戦略上重要な地域に順次拡大しており、資産規模はこの5年間で1.6倍に増加しました。
コマツでは、「企業価値」の向上を、経理・財務の観点で2つの手法を用いて定期的に検証しています。1つは投下資本にフォーカスした「株式時価総額とネット有利子負債の合計額」、もう1つはROICとWACCの差額にフォーカスした「EVA®(Economic value added:経済的付加価値、税引後営業利益−資本コスト)の累計」です。いずれにおいても、2023年度も向上を確認できました(図16)。
また、2023年度は、ハーバードビジネススクールが提唱した「インパクト加重会計」を用いてコマツの本業の社会インパクト金額効果算出にも取り組みました*。中期経営計画の重点活動である「鉱山向け無人ダンプトラック運行システム(AHS)」および「DXスマートコンストラクション」を対象にインパクトを算出し、大きな効果が出ていることを確認しています。こうしたESG投資のインパクトを見える化してESG課題の解決を後押しし、企業価値向上につなげていくことも、経理・財務部門の役割の一つと捉えています。
*アビームコンサルティング株式会社との共同分析。インパクト加重会計はハーバードビジネススクールのインパクト加重会計イニシアティブから現在は国際インパクト評価財団(IFVI)に発展。